青沼静哉「モルトモルテ」が出来るまで

早稲田文学6」の感想もさっそく届きはじめた今日この頃、巻頭をかざる青沼静哉さんの「モルトモルテ」のことを書きたいと思います。というわけで、「編集者から見た「モルトモルテ」の出来るまで」です。


 青沼静哉さんは、第23回早稲田文学新人賞を「ほか♨いど」で受賞しました。ただひとりの選考委員の東浩紀さんからは、独特な言語感覚、想像力と構成力、批評性を高く評価されました。(受賞作と選評は、「早稲田文学3」に掲載)
早稲田文学 3号


 今回の「モルトモルテ」は、小誌では受賞第一作です。その間、小説家・批評家の坂上秋成さんのミニコミ誌「BLACK PAST」vol.2の実験的企画で「ブラック•ドット•ダイアリー」を発表していますが、受賞作「ほか♨いど」からは3年半が経っていました。受賞作を超えるべく書いては消し、書いては消しを繰り返していたのです。

 「モルトモルテ」の元となる短篇が着想されたのは、震災の後です。小誌のチャリティ短篇集のときのことでした。
 その短篇は、青沼さんが昔からずっと好きだという吸血鬼もの。シェアハウスする4人の吸血鬼たちに突如異変が訪れるという話です。「ほか♨いど」にも〈ぷに〉という謎の生物が出てきますが、青沼さんの想像力の根っこには、人外の生き物たちがひしめいているようです。吸血鬼の短篇の前にはスカイフィッシュの出てくる短篇案もありました。

 ところが、吸血女子4人の話はなかなかまとまらない……。
 「ああでもない、こうでもない」と打ち合わせを重ねるなかで、東浩紀さんの選評のことが話に出ました。
 東さんの選評では、2ちゃんねるニコニコ動画的な集団的で匿名的な想像力こそ「ほか♨いど」の特徴だが、唯一の、そして最大の難点は固有のテーマらしきものが見つからないことだ、とあります。そもそも「ほか♨いど」が新人賞の最終候補になった段階では、「小説北海道製作委員会」という筆名が使われていたほどです。

 実際、吸血鬼は青沼さんにとって近しい存在ですが、短篇に出てくる女性たちは遠い存在でした。
 そうして再び打ち合わせを繰り返したあと、ヒントとなったのが、あるブログでした。
 小説家の藤野千夜さんの秘書犬まーくんのブログです(4月3日)。
 震災直後からの緊張と不安の日々に、青沼さんは少しずつ食料などを溜めていたそう(不足時の買い占めではありません)。部屋中に溢れる180kgの米、100個の缶詰、整然とならぶコーヒー、トイレットペーパー……。まーくんも「ちょっとしたシェルターだね」と書いています。

 この、不安にかられ、部屋を食料で占める姿に青沼さんの生々しいリアルがあるように思われました。
 そこで、吸血女子たちとともに、この人物を出そうという話になり、誕生したのが主人公の一人•沼崎六一郎。東京に住むサヴァイヴァリスト/プレッパーでした。プレッパーとは、

非常事態に備え、食糧や自衛のための武器・弾薬などを過度に備蓄している人のこと。「備える(prepare)」から生まれた言葉で、2012年現在では米国に最も多く存在し全米で300〜400万人にのぼるとみられている。(知恵蔵mini

 沼崎は食料を溜め込み、数々のへんてこなサヴァイヴァルグッズを自作し、来るべき日に備えます。彼が立ち向かうのは、「ゾンビ」。
 「モルトモルテ」の描く日本では、ある日突然、人々が意識を失い、ただ土を食べるためだけに生きる「ゾンビ」ならぬ「ドンビ」となってしまったのです。ドンビたちはいつか自分を襲うかもしれない、沼崎はその日に備えて、サヴァイヴァルグッズを作り、ルームランナーで走り、自宅で筋トレに励みます。
 一方、吸血鬼の話も形を変えて残っています。全国の吸血鬼たちは、口から糸を吐き出し、繭をつくってこもってしまう謎の奇病に苦しんでいます。もう一人の主人公チホは、繭になってしまった同居人を助けるため、天使のような少年・世良彌堂(せらみどう)とともに原因究明に駆けずり回ります。
 こうしてドンビに立ち向かうプレッパーの沼崎と、イトマキ病に追い詰められる吸血者チホの物語が交錯する小説「モルトモルテ」が出来ました。ちなみに、幽霊と宇宙人も出てきます。フツーの人間はほとんどいません……。

 というわけで長くなりましたが、青沼静哉さん「モルトモルテ」の冒頭を公開中! 早稲田文学サイトの「立ち読み」をクリックしてPDFをダウンロードすることができます。