シャルリ・エブド襲撃事件から家庭のことまで 特集「あなたの言ってることがわからない」

早稲田文学2015年夏号、好評発売中です。
これから数日にわたって、読みどころをご紹介していきます!

早稲田文学2015年夏号 表紙:高橋源一郎小野正嗣 撮影:篠山紀信


最初は、今号の特集「あなたの言ってることがわからない」です。
この特集のサブタイトルは「シャルリ・エブド襲撃事件から家庭のことまで」。国際的な事件をはじめ、男女のいざこざ、子育て、親の介護、会社の居心地悪さ、性差別・犯罪、精神病にいたるまで、さまざまな場面で出くわす「他者の不可解さ」との付き合い方を考えるものです。

今回は、特集の内の「IS・中東・他者をめぐって」パートと、表紙を飾る2人の対談からご紹介します。

わからない、を大事に。  高橋源一郎小野正嗣「不自然に惹かれて」

まずは、高橋源一郎さんと小野正嗣さんの対談「不自然に惹かれて」。
高橋さんは朝日新聞の論壇時評で、シャルリ・エブド襲撃事件、つづく湯川遥菜さんと後藤健二さんの人質殺害事件について書いています(「熱狂の陰の孤独 「表現の自由」を叫ぶ前に」)、(「寛容への祈り 「怪物」は日常の中にいる」)。事件のあとで、世界中での騒ぎを見つめながらも、「意見をもつことに慎重になること」と、スーザン・ソンタグの言葉を引用しながら静かな口調で語るのが印象的でした。
お相手の小野さんは「九年前の祈り」で芥川賞を受賞したのは記憶に新しいでしょう。小説を執筆されるのと同時に、マリーズ・コンデというフランス領グアドループ島出身の作家やクレオール文学を研究するフランス文学者でもあります。

対談は、高橋さんが愛好する吉田健一鶴見俊輔といった、長い外国生活のあとに「日本語が壊れた」作家からはじまります。そうした不自然な日本語に惹かれるのはなぜか。そこに言葉を使って表現するうえで重要なものを高橋さんはみています。
それを受けて、小野さんの専門とするクレオールに広がっていきます。「クレオール文学」とは、フランス語圏のカリブ海の島々で話されるクレオール語とその文化の影響をうけたフランス語で書かれた文学。やはり「不自然なフランス語」です。クレオールの作家というと、パトリック・シャモワゾーやラファエル・コンフィアンらの名前が挙がりますが、すべて同じように一括りにできるものでもありません。そう主張するのがマリーズ・コンデ。彼女は自らの営みを「マリーズ・コンデという言語を書いている」といいます。そこには、グアドループ内の格差、そことフランス本国との格差がありました。
そして、話題はフランスの移民政策や政教分離のほうに。小野さんの友人であるフランスの哲学教師が、移民の子弟である生徒たちと向き合おうとコーランを一所懸命学んだという逸話は感動的です。
さらにミシェル・ウエルベックの『服従』につづきます。この小説は、初のイスラム政権が樹立した未来のフランスを描き、事件直後に物議をかもしました。邦訳が待ち遠しい作品です。
議論のなかで一貫しているのは、わからないを大事に、という点です。
高橋さんは、先に挙げたソンタグの言葉「意見をもつことに慎重になること」をくり返します。日頃から「自分の意見をもて!」と要求されることで、こわばった思考が、2人の小説家の言葉を読むうちにほぐれていくはずです。

信じることが寛容とは限らない  常岡浩介+ヤマザキマリ「懐疑と寛容の旅暮らし」

もう一つの対談は、ジャーナリストの常岡浩介さんと、マンガ家のヤマザキマリさんの「懐疑と寛容の旅暮らし」。
中東情勢に詳しく、ISに取材もしている常岡さんと、シリアやエジプトで暮らした日々を作品にしているマンガ家のヤマザキさん。
常岡さんが語る「もう生きていけない!?」と思った経験、ヤマザキさんの話すエジプトでタクシーを乗るときの注意点など、世界各地を旅して暮らすお2人が出会った困惑と憤慨が盛りだくさん。
もちろん話はそれで終わりません。ムスリムである常岡さんによるISの解説にはじまり、イスラムキリスト教の歴史的な違い、イスラム世界の勢力図など、今後この問題を考えるうえで必読です。ヤマザキさんは、自身が暮らしていた時から様変わりするシリアの人々を受け止め、日本に住む我々との違いを語って、切なくも大切な言葉です。
シャルリ・エブド襲撃事件と湯川さんと後藤さんの事件を通して見えてきた、日本への違和感も語られます。それは、「疑いを差し挟むのは、不穏当なことだ」と思う心性です。政府やメディアの発する情報はもちろん、知人・友人・家族との言うことを、そのまま信じるか、疑いをもって議論するか。「国民性」というと大雑把ですが、2人の経験から語られる、日本の多くの人々に共通する心性は、痛い指摘ながら目をそらすわけにはいきません。
「懐疑」があるからこそ「寛容」が生まれるというお二人の話、必見です。

母国を去った作家と交わす往復書簡 サイイド・カシューア+エトガル・ケレット「ハッピー・エンディングな話を聞かせてくれよ」

つづいては、サイイド・カシューアとエトガル・ケレットによる往復書簡「ハッピー・エンディングな話を聞かせてくれよ」。
本誌「冬号」の特集「危機にあらがう声」でも登場したイスラエルの作家ケレットさんと、友人のアラブ系イスラエルカシューアさんが交わした4通の手紙です。
イスラエルといえば、ユダヤ人が入植してパレスチナ人を追いやって作った国と思われていますが、アラブ系市民もいます。カシューアさんは、ユダヤ人のなかでヘブライ語を学び、イスラエルという国のマジョリティになんとか同化しようとしてきましたが、2014年のガザ侵攻にともなって顕在化したアラブ人への憎悪をまえに、家族を守るために母国を去りました。母国がhomeとはなりえない絶望をかかえるカシューアさん。彼の手紙に、ケレットさんはユーモアと優しさをもって精一杯の物語を届けます。
以上、訳者である秋元孝文さんによる解説から引いたものですが、秋元さんの文章では、2月に作品集『突然ノックの音が』が刊行され、来日したケレットさんと交わした会話についても書かれています。
ひじょうに複雑なイスラエルパレスチナで、人々は何を考え、どのように暮らしているか。2人の作家による繊細な言葉を通して目撃してください。また前掲「危機にあらがう声」で紹介した、パレスチナ人作家による『ガザ・ライツ・バック』(藤井光氏編訳)も併せてお読みください。

デリダの動物論と文学的想像力  郷原佳以「近い他者 遠い他者」

論考は、郷原佳以さんによる「近い他者 遠い他者――デリダと文学的想像力」。
今号の特集でも、一方では外国に暮らす見知らぬ人々について、他方では認知症の母についての文章を載せていますが、「近い 遠い」とは、ただ物理的・心理的な距離を示すものではないということを教えてくれる論考です。
シャルリ・エブド襲撃事件の背景にある、フランスの共和主義・普遍主義、ライシテ(非宗教性・脱宗教性)の解説は、押さえるべき要点がコンパクトにまとめられています。
そして本論の主眼である、哲学者エマニュエル・レヴィナスジャック・デリダの他者論。郷原さんによれば、デリダのテクストや講演には、ある時期から動物が登場するようになりますが、そこにこそ、レヴィナスらの他者論の限界を越えていく視点があるといいます。デリダが『動物を追う、ゆえに私は(動物で)ある』などに登場させる動物たちの議論から、語りえない単独的な他者を物語るという営みへつなぐ、倫理的かつスリリングな、今こそ読まれるべき論考です。


今日はここまで。次も特集のご紹介をいたします! ご期待ください。


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早稲田文学 2015年夏号 (単行本)

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◆コンテンツ
グラビア Kishin×WB
特集*あなたの言ってることがわからない――シャルリ・エブド襲撃事件から家庭のことまで
◎IS・中東・他者をめぐって
【対談】
常岡浩介+ヤマザキマリ「懐疑と寛容の旅暮らし」
【往復書簡】
サイイド・カシューア+エトガル・ケレット【訳・解説・秋元孝文】「ハッピー・エンディングな話を聞かせてくれよ」
【論考】
郷原佳以「近い他者 遠い他者――デリダと文学的想像力」
◎わからないを生む非対称
【対談】
高橋源一郎小野正嗣「不自然に惹かれて」
【エッセイ】
鹿島田真希「意味のわからない言葉」
枡野浩一「目と鼻と口 」
丹尾安典「漫談」
春日武彦「(あまりにも)わかり易い人たち」
【相談】
島田雅彦「此岸先生の誠実?問答」
【エッセイ】
泉京鹿「ママのきもちがわからない」
牧野雅子「妄想世界の語り部たち――性暴力加害者インタビュー序章」
大橋由香子「女子が職場で遭遇する、あれやこれや」
ねじめ正一「寄り添うということ」

【小説】
松田青子「みがきをかける 」
カレン・ラッセル(訳・松田青子)「帰還兵 」
牧田真有子「すきとおった鱗たちについて――泥棒とイーダ2 」
矢部嵩「処方箋受付」

【翻訳連載】
ウラジーミル・ソローキン(訳・松下隆志)「テルリア 第二回」
ドン・デリーロ(訳・都甲幸治)「ホワイトノイズ 第六回」
閻連科【訳・泉京鹿】「炸裂志 第四回」

【論考】
栗原裕一郎「虚構という「系」から「きみ」を救い出すこと――最果タヒ小論」

【レビュー ことばの庭】
岩川ありさ「古典文学が紡ぐもの――絶望を分かち合うことができた先にある希望」
辻本力「東海林さだおの丸かじり 」

【デザイナー対談】
名久井直子&奥定泰之「文芸誌できるかな?〔その2〕 」

【新人賞】
第25回 早稲田文学新人賞二次予選通過作品発表
第26回 早稲田文学新人賞予告