早稲田文学2014年冬号の内容紹介(その3)

早稲田文学 2014年冬号 (単行本)

早稲田文学 2014年冬号 (単行本)


きょうは特集「危機にあらがう声」をご紹介します。
同特集で、イスラエルの作家エトガル・ケレットさんの作品を翻訳している秋元孝文さんがブログを書いています。
秋元孝文 On the Road to Nowhere 『早稲田文学』冬号 エトガル・ケレット短編&エッセイ
エトガル・ケレットさんは、日本では紹介が始まったばかりですが、30を越える言語に訳され愛されています。突飛で笑える超短編小説が魅力です。たとえば秋元さんがご紹介している「Crazy Glue」はこんな話。

”Crazy Glue”という作品で、だんなが浮気している奥さんが、なんでもくっつく接着剤を買ってくる。パッケージには天井から逆さにぶら下がった人間の写真が載っていて、だんなのほうは「こんな写真つくりものだよ。子供だまし」みたいなことを言うのだが、その日うちに帰ってみると奥さんの声は聞こえど姿が見えない。探してみるとなんと天井から逆さにぶら下がっている。「今降ろしてあげるから」とその唇にキスすると、キスした唇同士もくっついちゃった、というお話である。意味は分からない。でもなんかおかしい。接着剤のパッケージ、たしかにそんな写真あるな、とか思って「ハハハ、ヘンなの」と思った。笑える。


ケレットさんの作品はどれも可笑しくて、でも妙な後味が残る作品が多いです。日本語ではほかに、岸本佐知子さんが「靴」「ブタを割る」を訳しています(「文藝」2014年秋号)。
上記「Crazy Glue」などの作品について、秋元さんがこちらの記事に書いています。


ケレットさんの作品には別の側面もあります。イスラエルの兵役や排他的愛国主義について書かれたエッセイを小誌に掲載しています。「イスラエルにある別の戦争」では、ガザ侵攻とともに高まる国内の排他的愛国主義に対して、周囲の静止を退けて勇気ある反論を記しています。ほかに、最初の短編「パイプ」、その短編を書いた顛末を描くエッセイ「ある作家の肖像」、兵役のある国イスラエルでの子育てについての「公園の遊び場での対決」を掲載しています。
世界で最も注目を集める若手作家ケレットの多面的な魅力がわかるラインナップです。ぜひご覧ください!


秋元さんもブログで書いていますが、この特集では、『ガザ・ライツ・バック』から2作の短篇を載せています。この短篇集は、パレスチナのガザ自治区に暮らす、英語教師と学生たちによるアンソロジーです。「2008年の暮れから2009年初頭にかけて発生し、イスラエル軍による攻撃によって多数の犠牲者を出した、いわゆる「キャストレッド作戦」から5年、その悲劇を見つめ直すために、本書は発表されました」(藤井光「パレスチナは、物語一つ向こうにある」より)。今回は、若干25歳の女性ヌール・アル=スーシー「カナリア」と編者であるリファアト・アル=アルイール「一粒の雨をめぐって」を掲載。ケレットさんの作品と合わせて、お読みいただければさいわいです。


同特集では、閻連科のフランツ・カフカ賞受賞記念講演「天と生活に選ばれし暗黒を体験する人間」(泉京鹿訳)、ウラジーミル・ソローキン「ウクライナを孕んだロシア」(上田洋子訳)、アレクサンダル・ヘモン+都甲幸治「文学という都市をつくる」(米田雅早訳)、中沢けいインタビュー「言葉の変質の先に」を所収。世界各地で毎日起きている危機をまえにした作家たちの言葉をお届けします。